2007年7月16日「新潟県中越沖地震」現地リポート 第6信
7月23日発信
■『中越沖地震』から今日で一週間
午前中のニュースで「11人目の犠牲者」の報道がありました。震災時、火を扱う工場で大ヤケドを負い、長岡市内の病院で入院中の47歳の男性でした。故人と御遺族・関係者の皆様に心より哀悼の意を表したいと思います。
12年前の阪神淡路大震災や3年前の新潟県中越地震の時もそうでしたが、長期化する震災後の復興再建途上での『関連死(復興再建工事・エコノミークラス症候群・孤独死・・・)』を、何としても未然に防ぐ手立て・対策が講じられなければならないと切実に思います。
被災者とその親族・関係者をはじめ、災害本部、避難所スタッフ、ボランティアの誰もがそのことを強く祈り念じながら各分野で支援活動に取り組んでいます。
■一週間目の7月23日現在の被災状況(2007年7月23日21時現在)
◎死者:11人、負傷者1813人、避難者1756人(4市町村70ヶ所)、住宅全壊961棟。
◎上下水道:50%強で断水(今月中を目途に全戸で給水再開見通し)、ガス:全域で供給停止(見通し立たず)、電気:全戸で回復。
◎北陸自動車道(高速道路)・国道8号線:片側対面通行・速度規制区域もあるが全面通行再開(長岡IC〜能生IC間内の乗降無料)。
◎仮設住宅:今日(23日)から建設工事に入る(世帯数により3タイプで約1000戸)。
「中越地震」で使用中の長岡市陽光台の空き仮設住宅も再使用の方向。
■この不安と不信、義憤をどこへ
中越地区の夏から秋にかけ、観光客20000人の宿泊・予約のキャンセルが相次いでいます。その大半が『原発事故と放射能放出・汚染による』を理由に挙げています。では、キャンセルもできず、この地域で生きている人々はどうなるのでしょう。
私たちも夏の企画として、33名の子どもと17名のボランティアスタッフの総勢50人のサマーキャンプを長岡聖ルカオープンスペースを会場に2泊3日で行なうのです。中越長岡は、中越柏崎原発の東19kmに位置しています。洩れた放射性物質は冷却水を通して海水を汚染したが、空気中に放出された放射能は風向きにより主に東に放出・放散され大気を汚染していくのです。その下で暮らす人々の健康と生命の安全はどうなるのでしょう。

■『中越沖地震』から今日で一週間
午前中のニュースで「11人目の犠牲者」の報道がありました。震災時、火を扱う工場で大ヤケドを負い、長岡市内の病院で入院中の47歳の男性でした。故人と御遺族・関係者の皆様に心より哀悼の意を表したいと思います。
12年前の阪神淡路大震災や3年前の新潟県中越地震の時もそうでしたが、長期化する震災後の復興再建途上での『関連死(復興再建工事・エコノミークラス症候群・孤独死・・・)』を、何としても未然に防ぐ手立て・対策が講じられなければならないと切実に思います。
被災者とその親族・関係者をはじめ、災害本部、避難所スタッフ、ボランティアの誰もがそのことを強く祈り念じながら各分野で支援活動に取り組んでいます。
■一週間目の7月23日現在の被災状況(2007年7月23日21時現在)
◎死者:11人、負傷者1813人、避難者1756人(4市町村70ヶ所)、住宅全壊961棟。
◎上下水道:50%強で断水(今月中を目途に全戸で給水再開見通し)、ガス:全域で供給停止(見通し立たず)、電気:全戸で回復。
◎北陸自動車道(高速道路)・国道8号線:片側対面通行・速度規制区域もあるが全面通行再開(長岡IC〜能生IC間内の乗降無料)。
◎仮設住宅:今日(23日)から建設工事に入る(世帯数により3タイプで約1000戸)。
「中越地震」で使用中の長岡市陽光台の空き仮設住宅も再使用の方向。
■この不安と不信、義憤をどこへ
中越地区の夏から秋にかけ、観光客20000人の宿泊・予約のキャンセルが相次いでいます。その大半が『原発事故と放射能放出・汚染による』を理由に挙げています。では、キャンセルもできず、この地域で生きている人々はどうなるのでしょう。
私たちも夏の企画として、33名の子どもと17名のボランティアスタッフの総勢50人のサマーキャンプを長岡聖ルカオープンスペースを会場に2泊3日で行なうのです。中越長岡は、中越柏崎原発の東19kmに位置しています。洩れた放射性物質は冷却水を通して海水を汚染したが、空気中に放出された放射能は風向きにより主に東に放出・放散され大気を汚染していくのです。その下で暮らす人々の健康と生命の安全はどうなるのでしょう。

2007年7月16日「新潟県中越沖地震」現地リポート第5信
7月23日発信
■二回目の被災地(柏崎市内)訪問
20日(金)午前中にオープンスペースを出発。丁司祭の車でOSスタッフと二回目の柏崎市街地に入りました。
長岡ICから北陸自動車道を利用。出口の柏崎IC標識電光板には「一般車輌乗降禁止」 の広報が点滅していました。警戒体制をとって警備中の高速道路公団職員・ガードマン・新潟県警の皆さんに、首に下げている「長岡聖ルカオープンスペース」のネームプレートを見せ「ボランティア支援で来ました。柏崎に入りたいのですが」とアピール。警戒体制中の皆さん、数秒のやりとりの後「OKです。御苦労様。どうぞ気をつけて」と通してくれました。
■日本キリスト教団柏崎教会と新潟聖書学院
柏崎教会の臼田牧師は丁司祭と長年の交流があり、同席していた他のスタッフの皆さんと、現状と今後に向けた意見交換ができました。
7月末まで(柏崎教会)と8月5日まで(聖書学院)の2ルートで宿泊可とのこと。受入れ人数は1〜10数名まで。OSから直接現地ボランティアセンター(柏崎教会)に連絡できるルートを確保してくださるとのことで、貴重な情報交換と現地被災者支援の当面の体制ができたと感謝しております。
OSとしては緊急行動のほかに、中長期的支援活動のニーズの確認のため、近々に県・市・町・村の現地災害ボランティアセンターを訪ね、各々の被災者(避難所)の状況把握に取り組みたいと考えています。
■二回目の被災地(柏崎市内)訪問
20日(金)午前中にオープンスペースを出発。丁司祭の車でOSスタッフと二回目の柏崎市街地に入りました。
長岡ICから北陸自動車道を利用。出口の柏崎IC標識電光板には「一般車輌乗降禁止」 の広報が点滅していました。警戒体制をとって警備中の高速道路公団職員・ガードマン・新潟県警の皆さんに、首に下げている「長岡聖ルカオープンスペース」のネームプレートを見せ「ボランティア支援で来ました。柏崎に入りたいのですが」とアピール。警戒体制中の皆さん、数秒のやりとりの後「OKです。御苦労様。どうぞ気をつけて」と通してくれました。
■日本キリスト教団柏崎教会と新潟聖書学院
柏崎教会の臼田牧師は丁司祭と長年の交流があり、同席していた他のスタッフの皆さんと、現状と今後に向けた意見交換ができました。
7月末まで(柏崎教会)と8月5日まで(聖書学院)の2ルートで宿泊可とのこと。受入れ人数は1〜10数名まで。OSから直接現地ボランティアセンター(柏崎教会)に連絡できるルートを確保してくださるとのことで、貴重な情報交換と現地被災者支援の当面の体制ができたと感謝しております。
OSとしては緊急行動のほかに、中長期的支援活動のニーズの確認のため、近々に県・市・町・村の現地災害ボランティアセンターを訪ね、各々の被災者(避難所)の状況把握に取り組みたいと考えています。
2007年7月16日「新潟県中越沖地震」現地リポート第4信
7月17日発信
■道路・鉄道等交通アクセス
道路に関しては、長岡〜柏崎間の3主要道路、県道352号線『椎谷』、国道8号線『大積』、国道116号線『西山』、それぞれ崖崩れのため通行止め。
その為、長岡からのアクセスは国道8号線にて大積手前より市道23号線にて西山を通り国道352号線へ抜け、刈谷を通り柏崎へ。但し、地震当日の17時前後には下り線で5km程度の渋滞が見られた。
また、上記区間以外では国道8号線上越市長浜、高速道路は柿崎〜米山間がそれぞれ通行止めとなっている。
鉄道に関しては、越後線柏崎〜吉田間、信越本線犀潟〜宮内間が運行を見合わせている。
当日のオープンスペースの移動経路は、
往路:オープンスペース→
国道8号線→宮本ICより石地海岸へ抜け→
県道352号線→ 県道279号線→
旧西山町礼拝より市道23号線→
県道352号線→
刈羽を抜け柏崎へ。
復路:柏崎→
県道352号線→
市道23号線→
国道8号線→
オープンスペースへ。
■道路・鉄道等交通アクセス
道路に関しては、長岡〜柏崎間の3主要道路、県道352号線『椎谷』、国道8号線『大積』、国道116号線『西山』、それぞれ崖崩れのため通行止め。
その為、長岡からのアクセスは国道8号線にて大積手前より市道23号線にて西山を通り国道352号線へ抜け、刈谷を通り柏崎へ。但し、地震当日の17時前後には下り線で5km程度の渋滞が見られた。
また、上記区間以外では国道8号線上越市長浜、高速道路は柿崎〜米山間がそれぞれ通行止めとなっている。
鉄道に関しては、越後線柏崎〜吉田間、信越本線犀潟〜宮内間が運行を見合わせている。
当日のオープンスペースの移動経路は、
往路:オープンスペース→
国道8号線→宮本ICより石地海岸へ抜け→
県道352号線→ 県道279号線→
旧西山町礼拝より市道23号線→
県道352号線→
刈羽を抜け柏崎へ。
復路:柏崎→
県道352号線→
市道23号線→
国道8号線→
オープンスペースへ。
2007年7月16日「新潟県中越沖地震」現地リポート第3信
7月17日発信
■メッセージ
M(マグニチュード)6.8.これは3年前(2004年10月23日)の中越地震の規模と全く同じでした。震源地が中越内陸部の川口町と、中越沿岸沖柏崎市の違いでした。
ですから、お見舞で訪問した被災者の皆さんは異口同音に、3年前の地震の体感との違いを強調して「3年前と比べられない程で、こんなにスゴイ(怖い)揺れは初めて」と言っておられました。
「長岡聖ルカ教会とオープンスペースから来ました」と、水の差し入れとお見舞訪問をいち早く実行したことにふれ、三世帯の被災者の皆さんには、どのようなメッセージが届けられたのか、それは分かりません。
ただ、私たちが出来ることは、電気・ガス・水道が全面ストップしている中、いち早く水を届け、人手が必要になり、被災者の皆さんが「よし連絡しよう」と思った時に有効に機能する連絡窓口(ホットライン)をしっかりお伝えして置くことが、支援活動の中の初動だと思いました。「水が出なくて、どうしよう。まだ自衛隊の給水も来ないし・・・
と思っていたので、水、本当に助かりました」と皆さんおっしゃっていました。
復興支援、ボランティア活動・・・時・状況に応じた、ソフト面、ハード面のバランスのとれた支援活動が、これから長い長い時間をかけて求められてきます。どうぞ、お祈りのうちにお覚え下さい。
■メッセージ
M(マグニチュード)6.8.これは3年前(2004年10月23日)の中越地震の規模と全く同じでした。震源地が中越内陸部の川口町と、中越沿岸沖柏崎市の違いでした。
ですから、お見舞で訪問した被災者の皆さんは異口同音に、3年前の地震の体感との違いを強調して「3年前と比べられない程で、こんなにスゴイ(怖い)揺れは初めて」と言っておられました。
「長岡聖ルカ教会とオープンスペースから来ました」と、水の差し入れとお見舞訪問をいち早く実行したことにふれ、三世帯の被災者の皆さんには、どのようなメッセージが届けられたのか、それは分かりません。
ただ、私たちが出来ることは、電気・ガス・水道が全面ストップしている中、いち早く水を届け、人手が必要になり、被災者の皆さんが「よし連絡しよう」と思った時に有効に機能する連絡窓口(ホットライン)をしっかりお伝えして置くことが、支援活動の中の初動だと思いました。「水が出なくて、どうしよう。まだ自衛隊の給水も来ないし・・・
と思っていたので、水、本当に助かりました」と皆さんおっしゃっていました。
復興支援、ボランティア活動・・・時・状況に応じた、ソフト面、ハード面のバランスのとれた支援活動が、これから長い長い時間をかけて求められてきます。どうぞ、お祈りのうちにお覚え下さい。
2007年7月16日「新潟県中越沖地震」現地リポート第2信
7月17日発信
■昼食後、OS号で自転車・作業着・水等を積み込み、長岡聖ルカオープンスペースを出発。
国道8号線ルートで柏崎を目指し、ナビに目的地をインプット。しかし、柏崎に近づくにつれ、柏崎へ連なる道路がいたるところで通行止め。迂回また迂回。路面の亀裂も途々に長く、広く、深くなっている。路肩がガードレールごと崩落している現場。ガケ崩れで片側通行になっている現場。ナビとナビのTVニュースを見ながら柏崎市に入ることが出来ました。国道352号、県道279号、国道352号と迂回しながら進行。国道、県道添いに中小の家並みが街をつくっています。その道路側のブロック塀が、いたるところで道路側に崩落。家屋全体が道路を塞ぐように倒壊しているところも。
余震のつづく中、庭先に、駐車広場にシート・飲料水・ラジオだけで座り込む被災者の姿があちこちに見られます。
倒壊は逃れても屋根瓦が崩落している家屋も随所で見られます。梅雨時でもあり、やはり大変さがひしひしと伝わってきます。
■被災者宅で
・最初に訪問したところは、OSデイケア活動の中で出会い、その後帰郷された柏崎市西山のYさん方です。91歳の母親と2人きりのYさん(57歳)は、庭先にシートを敷いてラジオを聴いていました。屋内のカベが崩れ、室内灯2つも落下、玄関先ガラス戸が外れ、裏庭のガケが小規模だが崩れ、庭先の石燈篭が倒壊。「余震が怖くて中には入れない」とのことです。
・SIさん御夫妻宅は、屋内家財道具は居間・台所・食卓部屋・玄関等、どこも散乱し、惨状を呈しておりました。道路脇で仕切られた車庫のブロック塀も崩落全壊。裏庭の物置小屋も裏通りを一部塞ぐように倒壊。これからいつまで続くのか、先の読めない被難生活を思ってか、御夫妻の心労が痛いほど伝わってきます。
・SUさん方は高校生の姉、中学生の弟をもつ一家4人家族です。父親が市役所勤務で、震災復興では自身の家族・家屋のことより「公務優先」ということで震災直後(当日は祭日で自宅に居たが)直ぐ出勤。屋内の片づけ作業を母子3人でやっている最中でした。SIさん宅同様、屋内は惨憺たる状況。落下物、飛んでくる物、がぶつかる中、片づけ中のちょっとしたケガもありながら、それでも汗を拭き拭き「子どもたちが明るく元気な声で頑張っているので心強い」と、こちらが頭が下がる思いでした。「ケガするといけないからその(土足)のまま入って」と転倒・散乱・損壊した各部屋の被災状況を目のあたりにしました。
■昼食後、OS号で自転車・作業着・水等を積み込み、長岡聖ルカオープンスペースを出発。
国道8号線ルートで柏崎を目指し、ナビに目的地をインプット。しかし、柏崎に近づくにつれ、柏崎へ連なる道路がいたるところで通行止め。迂回また迂回。路面の亀裂も途々に長く、広く、深くなっている。路肩がガードレールごと崩落している現場。ガケ崩れで片側通行になっている現場。ナビとナビのTVニュースを見ながら柏崎市に入ることが出来ました。国道352号、県道279号、国道352号と迂回しながら進行。国道、県道添いに中小の家並みが街をつくっています。その道路側のブロック塀が、いたるところで道路側に崩落。家屋全体が道路を塞ぐように倒壊しているところも。
余震のつづく中、庭先に、駐車広場にシート・飲料水・ラジオだけで座り込む被災者の姿があちこちに見られます。
倒壊は逃れても屋根瓦が崩落している家屋も随所で見られます。梅雨時でもあり、やはり大変さがひしひしと伝わってきます。
■被災者宅で
・最初に訪問したところは、OSデイケア活動の中で出会い、その後帰郷された柏崎市西山のYさん方です。91歳の母親と2人きりのYさん(57歳)は、庭先にシートを敷いてラジオを聴いていました。屋内のカベが崩れ、室内灯2つも落下、玄関先ガラス戸が外れ、裏庭のガケが小規模だが崩れ、庭先の石燈篭が倒壊。「余震が怖くて中には入れない」とのことです。
・SIさん御夫妻宅は、屋内家財道具は居間・台所・食卓部屋・玄関等、どこも散乱し、惨状を呈しておりました。道路脇で仕切られた車庫のブロック塀も崩落全壊。裏庭の物置小屋も裏通りを一部塞ぐように倒壊。これからいつまで続くのか、先の読めない被難生活を思ってか、御夫妻の心労が痛いほど伝わってきます。
・SUさん方は高校生の姉、中学生の弟をもつ一家4人家族です。父親が市役所勤務で、震災復興では自身の家族・家屋のことより「公務優先」ということで震災直後(当日は祭日で自宅に居たが)直ぐ出勤。屋内の片づけ作業を母子3人でやっている最中でした。SIさん宅同様、屋内は惨憺たる状況。落下物、飛んでくる物、がぶつかる中、片づけ中のちょっとしたケガもありながら、それでも汗を拭き拭き「子どもたちが明るく元気な声で頑張っているので心強い」と、こちらが頭が下がる思いでした。「ケガするといけないからその(土足)のまま入って」と転倒・散乱・損壊した各部屋の被災状況を目のあたりにしました。

